好きな場所 と とんかつ
200908
“私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。”これは吉本ばななのキッチンの冒頭部分である。文法的におかしいということで文学の世界ではあまり評価されえない一文ではあるが、やはり「キッチンといえば」で出てくる一文である。
時々頭の中に音楽が流れだすように、日常のふとした時に本の一文がフラッシュバックする。今日はたまたま思い浮かんだのがこの一文だった。
俺がこの世でいちばん好きな場所はどこだろう。実家か?研究室か?パッとは思いつかない。
そのうち自分が一番が好きな場所ができるといいな、と思った一日だった。
今日は晩御飯にとんかつを食べた。まんぷく食堂という店が近所にあって、そこの一番の売りがとんかつ定食なのだ。先輩と一緒にいったが、先輩は蒸しからあげ定食を頼んでいた。ひねくれものめ。久しぶりにまんぷく食堂に行くときの注文はとんかつ定食と相場が決まっているのだ。
俺のとんかつ定食のほうが早く運ばれてきた。ごまをする。先輩へのごますりととんかつのごますりはお手の物である。
すり鉢にソースを注ぎ込む。すり鉢をのぞき込むと、てらてらと光るソースと食欲をむき出しにした俺の顔が見えた。
とんかつを箸でつまんでソースの中にいれる。茶色の衣がソースでコーティングされて、おいしそうを超えて、もう艶めかしいような、そんな印象を抱かせる。
いただきます。改めて口に出してから、とんかつを口に放り込む。
ああ~たまらん…。
二口、三口。本来であれば減退していくはずの食欲が亢進されていく。もうだれも俺の箸を止められない。さくっさくっ。俺がとんかつをむさぼる音だけが聞こえる。まるで世界に俺ととんかつだけが置き去りにされたみたいに。
気が付くと皿がからになっていた。ごちそうさまでした。会計を済ませた俺は、余韻とともに店を出たのだった。
おしまい