母への感謝とゾンビサファリパーク(前編)
親、襲来。
前回の日記はもうすぐ家族が実家からはるばる家にやってくるぞ~、という予告で終わった。
そしてそのXデー、親がやってくる日がいよいよ明日になってしまった。
親はただ顔を合わせて話したいがために来るのであって、特に何の用事もない。
ただ、欲しいものがあればもっていくと言ってくれたので、俺は一つだけ持ってきてほしいものを言ってみた。
それは、ギターである。
え?あなた、音楽の素養あったんですか、って?ノンノン、そんなものございません。
しかし人間は自分にないからこそ欲しがる。自分にないものこそ美しく見えるものだ。
俺には音楽の素養はまるでない。生まれて触った楽器はカスタネット、鍵盤ハーモニカ、リコーダーのみ。
あと、貧相な体に口笛ひとつ携えて生きてきた。
そんな俺でも音楽に対してあこがれを持つ時はある。
少し前の話になるが、俺には俺のことを好いてくれる幼馴染がいた。
すごくいい子だったのに、あろうことか俺は俺のことを5年間一途に好いてくれていた彼女を袖にしてしまい、彼女は以前とはまるで変わってしまった。
まず、自分の身体を大切に扱わなくなった。たくさんの男と一夜限りの恋愛を重ねるようになった。
また、なにをしてても楽しそうな表情を見せなかった。いや、というよりかは、楽しそうな表情をしても目に光が宿っていないというか、なにかしら空虚な笑顔というのがそこにあった。
そんなことお前に分かるのかと言われそうだが、確かにそこに違和感を覚えた。そしてその違和感は、当然ながら俺が振った後の彼女からしか感じないものだった。
しかし、彼女にも変わらないものがあった。
それは「音楽の好み」である。彼女が好きだったバンド、シンガーソングライター、アーティストなどはどれも変わらなかった。
振ったこと、というか振ることによって彼女を変えてしまったことを激しく公開していた俺は、その時期から音楽をやたら聴くようになった。幅広いジャンルの曲を、漁っては聴き、漁っては聴いた。それも、彼女が聞いていた曲から派生するように、いろんな曲に裾野を広げていった。
その時はなぜ自分がこんなにも音楽に執着しているのか分からずに聴いていたが、今ならわかる気がする。
おそらく、音楽が今の彼女に残された、以前の彼女を思い出せる最後の要素だったからだ。すなわち、見当違いかもしれないが、俺は変わってしまった彼女に、音楽を通して以前の彼女を見出しているのだと思う。
音楽を聴き漁っていたからか、音楽が変わってしまった彼女の中の変わらない要素だったからか、俺は音楽に憧れた。あるいはその両方かもしれない。
前者は、単に音楽を聴くたびに音楽のおもしろさを少しずつ理解できるようになったというのが大きいと思う。寂しいときにそばにいてくれて、悲しいときに気分をあげてくれる。たった数分の間に、こんなにも人の感情を揺さぶるものは他にないと思う。そういうところに憧れた。
後者は、彼女が変わろうとも音楽の好みは変わらないということから、音楽は人の根底に根付くものなのかもしれないと思ったからだ。そのことは、結局変わったのは彼女の浅い部分だけで、実は深い部分は以前となんら変わっていないんじゃないか?という希望を持たせてくれた。それほど人間の深くまで浸透していける「音楽」というものに、俺は憧れに近い感情を持った。
このようにして、俺は奇しくも彼女を傷つけることで音楽の面白さを知った。
そしてその音楽というものに、俺自身も触れたくなったので、ギターを持ちたいと考えたわけだ。
そこで、先日彼女からのLINEかと思われそうなLINEを送ってきた母に実家にあるギターを持ってくることを頼んでみた。
すると返信、
「ギターはもっていかない」
ん?いやいやなんでや。
いやそちらが俺の都合をわきまえず、いきなり会いたいから会いに来るっていうのに、こっちのわがままは許せないんですか、と。
そこでカチンときてしまった俺は、あろうことか、
「なら言わせてもらいますけど、俺にだって予定はあるし、今は会いたくありません」
と口に出してしまった。
母からの返信は、
わかった。会わない。
あー、やってしまったなあ…。
そんなわけで親と会う雲行きが怪しくなってきた。まだ反抗期が続いていたのか俺は。
どうなってしまうんだ俺の家族関係は。
後半へ続く